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東京高等裁判所 平成4年(う)1109号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人株式会社A1を罰金一億円に、被告人Bを懲役一年四月にそれぞれ処する。

当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、辞任前の弁護人小林英明名義の控訴趣意書、弁護人久保哲男名義の同補充書に、これらに対する答弁は、検察官福井大海名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、原判示第二の事実につき、被告人株式会社A1(旧商号は株式会社A2商事、以下「被告会社」という。)の昭和六一年一〇月一日から昭和六二年九月三〇日までの事業年度における課税土地譲渡利益金額が一〇億一五八三万七〇〇〇円であると認定しているが、その中には、被告会社が昭和六一年八月四日東京都八王子市左入町二一三番等四筆の土地(以下「左入町物件」という。)をC1から代金合計二億二九四五万円で購入し、同年九月一九日これをDに代金合計五億〇一六〇万円で売却して得た売買益二億七二一五万円が含まれているところ、被告会社はC1、Dと右のような売買をしておらず、売買益を得たこともないので、右は原判決の事実誤認であるとしてその理由を縷々主張する。その概略は、

①  左入町物件は、被告会社、D、羽田産業株式会社(代表取締役E、以下「羽田産業」という。)の三者による共同事業(左入町物件を今後一年の期間をもって買収する隣接地と共に第三者に売却して一〇億円ないし二〇億円の売却益を出し、これをDが四〇%、羽田産業、被告会社がそれぞれ三〇%の割合で分配しようとするもの。)の一環として購入したものであり、原判決が左入町物件の売買代金であると認定する五億〇一六〇万円は、Dが右三者による共同事業を遂行するため出捐した出資金であって売買代金ではない。

②  左入町物件をDの所有名義としたのは、同人の右出資金を担保するためであって、被告会社がDに売却したことによるものではない。

などというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判決が原判示第二の事実につき挙示する関係証拠を総合すると、左入町物件は、被告会社が昭和六一年八月ころC1から代金合計二億二九四五万円で購入し、同年九月一九日これをDに代金合計五億〇一六〇万円で売却し、二億七二一五万円の売買益を得たのに、被告人B(以下、「被告人」という。)は、これをC1が取締役をしていたジャパンエレクトロサイン株式会社(以下「JES」という。)が取得して転売したかのように仮装し、左入町物件の売上を除外し、その売買益を秘匿したことは、当裁判所もこれを肯認することができ、原判決には所論のような事実の誤認は存在しない。

以下、所論にかんがみ、敷衍して説明する。

1  原判決が原判示第二の事実につき挙示する関係証拠を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち、

(1) 被告会社は、東京都武蔵野市境南町三丁目一四番四号(平成二年九月三〇日以前は、同市境南町二丁目二七番五号)に本店を置き、不動産の売買及び仲介等を目的とする株式会社であり、被告人は、昭和五一年一一月被告会社を設立して以来同会社の代表取締役としてその業務全般を統括していたものであるところ、被告会社においては、昭和六〇年一〇月以降、折からの地価高騰もあって不動産の転売等により業績を伸ばしたが、多額の税金を納付するのを惜しみ、いわゆるダミー(形式上の当事者)を介在させ、被告会社が形式上契約当事者から外れ背後に隠れて行った不動産取引及びそれによる利益の秘匿工作をするようになった。

(2) C1は、昭和五九年一二月ころ、八王子信用金庫を退職し、以後、JES(代表取締役C2)に副社長として入社し、同社の資金繰りなどを担当していたが、業績が上がらず将来性もないとして自ら個人で八王子市内の土地を購入・転売して利益を得ていたが、昭和六一年三月ころ、Fから同人所有の左入町物件を一億一五〇〇万円で購入し、そのころ、これを株式会社矢島興産(代表取締役G)に一億六九五六万円で売却し、同年三月一三日付で右各売買に関する土地売買契約書を作成した。矢島興産では左入町物件の周辺土地を買収して配送センターを建設する計画を有していたが周辺土地の買収ができず、C1に売却先を探すよう依頼した。

(3) C1は、同年七月ころ、被告人や被告会社営業部長のHに対し、「左入町の土地を手に入れた。うちで地主から買った物件だが、矢島興産に資金を出してもらった関係で登記は矢島興産にしてある。A2がこの土地で仕事をしませんか。」などと言って被告会社に左入町物件の購入あるいは売却斡旋方を依頼し、左入町物件自体では大した価値はないが周辺の河川に沿って道路ができ地価が上がるとか、周辺土地の買収が見込まれているなどと説明し、被告人からどの位で売るのかと聞かれ、一坪当たり三五万円で売りたい旨答えた。

(4) 被告人は、以前地上げした昭島市玉川町の土地の買い主となってくれたDに対し、羽田産業のEを介したり、自ら現地を案内して、左入町物件及びその周辺土地の地上げが可能であるとか、河川に沿って道路ができ地価が上がるなどと言って左入町物件を一坪当たり八〇万円で購入するよう持ち掛け、Dはこの話を受け入れることにした。

(5) C1は、被告人から、左入町物件が一坪当たり八〇万円の価格で処分できることを知らされるとともに、それに伴って生ずる利益を隠すため、形式上の売買当事者となるダミー会社を探すよう依頼されたが、被告会社が左入町物件を一坪当たり八〇万円の計算で転売するのは儲け過ぎだとして、C1から被告会社への処分価格を一坪当たり一〇万円上乗せして欲しい旨被告人に申し入れたが、被告人から「河に沿った道路ができなかったらどうするんだ。誰が責任をもつんだ。お前のところで責任がもてるのか。」などと言われて拒否され、被告会社に対して負債を抱えている立場上、無理にとは言えず、同年八月左入町物件を代金二億二九四五万円(一坪当たり三五万円、坪数六二七坪として計算)で被告会社に売却するとともに、ダミーとなる会社を探す件を了承した。C1は、JESのC2社長に左入町物件の取引に関しJESがC1とDの間に位置する被告会社のダミーとして参加するよう依頼してその承諾を得た。そして、被告人は、右取引により被告会社の取得する転売利益の一五%を報酬としてJESに支払うことを約束した。

(6) 被告人は、Dが左入町物件の取引に関し出捐する五億〇一六〇万円(一坪当たり八〇万円、坪数六二七坪として計算)の銀行融資を受けるのに必要だとして、C1とC2に指示して左入町物件の所有権が矢島興産からC1に、C1から形式上JESに移転したことを示す土地売買契約書を作成させた。

(7) 被告人の命を受けた被告会社のH営業部長、C1、C2、E、Dらは、同年九月一九日、被告会社事務室において、左入町物件につき、売主をJES、買主をDとし、代金を五億〇一六〇万円(契約書作成と同時に手附金六〇〇〇万円を支払い、同年一〇月三一日迄に引渡及び所有権移転登記手続を完了し、それと同時に右手附金を売買代金に充当し、残金四億四一六〇万円を支払う。)とする土地売買契約書(売主欄にJESのC2、買主欄にD、仲介人欄に被告会社及び羽田産業の各記名、押印が、取引主任者欄にHの署名、押印がなされている。)を作成した。

(8) Dは、同年九月一九日、手附金として第一勧業銀行河辺支店振出の自己宛小切手(額面六〇〇〇万円、以下、銀行振出自己宛小切手は単に「預手」という。)をC1に交付し、同人は、これを同月二二日、八王子信用金庫中野支店のJES口座に入金し、同月二四日、振興信用組合本店のC1の預金口座を経て、三栄信用組合武蔵境支店の被告会社の口座に入金した。そして、Dは、同年一〇月三〇日、三井銀行三鷹支店から右売買契約書中での残代金にほぼ匹敵する四億四四二九万円の融資を受け、同日、左入町物件に設定されていた抵当権を抹消するため共和商工協同組合宛てに七七二七万三八二四円を振込送金し、C1を介して八〇〇〇万円の預手を矢島興産に交付するとともに、一五〇〇万円を三鷹市農業協同組合本店の羽田産業の預金口座(口座の名義はI)に振り込み、二億六九三二万六一七六円を八王子信用金庫中野支店のJES口座に振込送金した。

(9) 被告会社は、C1から三栄信用組合武蔵境支店の被告会社の口座に振り込まれた右六〇〇〇万円の内、五〇〇〇万円については帳簿上C1に対する貸付金(架空貸付)の返済として処理した。そして、C1は、同月三一日、八王子信用金庫中野支店のJES口座に振り込まれた前記二億六九三二万六一七六円の内、現金で一億円の払戻しを受けてこれをH営業部長に渡し(その内三〇〇〇万円はC1が一旦報酬として受け取り、これを同人の被告会社に対する債務の弁済に充当してもらった。)、H営業部長は、右一億円から三〇〇〇万円を差し引いた七〇〇〇万円を裏金として被告会社の金庫に納めた。また、前記二億六九三二万六一七六円から右一億円を引いた残りの一億六九三二万六一七六円は、C1がその日のうちに八王子信用金庫本店のJES口座に移し替え、その内、三二一万六一七六円が同信用金庫本店のC1の預金口座に送金され、同年一一月七日(被告人の平成三年一〇月一八日付検察官調書第一〇項、記録一三三七丁に一一月一七日とあるのは誤記と認める。)に現金で払い戻された二八〇〇万円は、H営業部長からC1を介しダミーの謝礼金の内金としてJESに渡され、昭和六一年一一月四日に払い戻された現金六三〇〇万円と同月一四日に払い戻された現金四六一五万円は、それぞれC1からH営業部長に渡され、同人はこれを被告人に報告の上被告会社の金庫に納めた。

(10) 被告人は、JESをダミーとした左入町物件の取引によって取得して被告会社の金庫に保管した金銭については、被告会社の三栄信用組合武蔵境支店、多摩中央信用金庫武蔵境支店、同八王子支店、八王子信用金庫本店、東京商銀信用組合三鷹支店の複数の架空名義の口座に預金した。

(11) C1は、同年一〇月三〇日ころ、国道一六号線に隣接し左入町物件の周辺土地として被告会社が地上げの対象としていたJ所有の八王子市左入町一七〇番一、同番七、同番二の土地を購入するに際し、JESをいわゆるダミーとして介在させてこれをDに転売したが、被告人は、右土地の取引については転売利益が少ないとして被告会社を単なる仲介人(契約書上は、不動産取引主任者として記名、押印している。)とするにとどめ、売買当事者として参加させなかった。

(12) 被告人は、Dから借金の金利が嵩んで大変だとか、左入町物件の周辺土地の地上げはどうなっているのかと言われたことなどから、昭和六三年二月ころ、左入町物件の取引については、それが売買であり、その契約当初から周辺土地が一年以内に買収できなかった場合や河川工事についての建築確認線を買主に提供できなかった場合には、売買代金五億〇一六〇万円の三〇%を減額するとの約束があった旨の昭和六一年九月一九日付の合意書及びそれを前提に売買代金を五億〇一六〇万円から三億五一六〇万円に減額し、その差額一億五〇〇〇万円をDに支払う旨の昭和六三年二月二九日付合意書を作成した。そして、被告人は、同年三月一日、被告会社が昭和六一年以降ダミーを介在させた土地転売により捻出して架空名義人の預金口座に蓄えた裏金の中から一億一四〇〇万円を多摩中央信用金庫武蔵境支店のJESの預金口座に移し替え同金庫から預手三通を振り出してもらい、その内額面五二〇〇万円の預手はDに交付したが、額面四七〇〇万円の預手はDに対する別の貸金の返済分として、額面一五〇〇万円の預手は左入町物件の売買に関する被告会社の仲介手数料だとして被告会社が取得し、残金三六〇〇万円については、JES名義でDに借用書を作成し、その写をDに交付した。

2  叙上のように、被告人は、C1から被告会社に対する左入町物件の購入、売却斡旋方申入れに対して、被告会社が直接買入れることを前提にC1と売買価格を交渉し、Dに対しても、周辺土地の地上げが可能であることなどを理由に左入町物件の地価も高騰するとしてその購入方を勧めているのであって、C1、Dらとなした交渉の実態は、実質上の売買当事者が被告会社であることを当然の前提として、被告人が中心となって売買価格を交渉、決定しており、その決め方も、まず一坪当たりの単価を決め、それに坪数を乗ずるというものであり、また、契約書作成に当たっては、被告人が昭和六〇年一〇月以降、ダミーを介在させ被告会社を形式上当事者から外し背後に隠れてなした不動産売買による転売利益を隠すとの被告会社の不動産取引と同様の方式を用いている。しかも、Dから出捐された五億〇一六〇万円は、一旦はJESの預金口座に振り込まれた後、仲介手数料として、羽田産業に一五〇〇万円が、C1に昭和六一年九月二四日に一〇〇〇万円(但し、被告会社のC1に対する貸金の返済に充当された。)、同年一〇月三一日に三二一七万円余が、JESにはダミーの謝礼金として一一月七日に二八〇〇万円がそれぞれ支払われたほか、五〇〇〇万円がC1に対する架空の貸付金返済分として同年九月二四日には被告会社の預金口座に移し替えられ、同年一〇月三一日には七〇〇〇万円が、同月四日には六三〇〇万円が、同月一四日には四六一五万円が、それぞれJESの預金口座から現金で引き出されて被告会社の金庫に納められ、後日被告会社の仮名口座に預金されるなど、売買契約当事者及びこれにダミーとして、あるいは仲介人として関与した関係者の地位や立場に相応して配分されているのであって、本件左入町物件は、その取引の実態、資金の流れなどに照らし、被告会社がC1から買い受け、これをDに売却したものと考えるのが自然である。

3  ところで、被告人は、検察官調書〔平成三年一〇月一八日付(乙3号)、同月二二日付(乙6号)〕中において、左入町物件は被告会社がC1から買い受けてDに転売したものであり、これによって得た転売利益を秘匿した旨原判示認定に沿った供述をし、原審公判廷においても、起訴状記載の各公訴事実を認め、H営業部長、C1、E、Dも検察官の取調べに対して原判示認定に沿う供述をしていた。

ところが、被告人は、当審段階に至って原判示第二の事実に関し、被告会社が左入町物件をC1から買い受け、これをDに転売した事実はなく、左入町物件は、被告会社、D、羽田産業の三者が共同で今後一年の期間をもって買収する隣接地と共に第三者に売却して一〇億円ないし二〇億円の売却益を出し、これをDが四〇%、羽田産業、被告会社がそれぞれ三〇%の割合で分配するとの右三者協定に基づく共同事業の一環として購入したものであり、右三者の間では、当初から右共同事業遂行のためDが五億〇一六〇万円を出資し、被告人とEは隣接地の地上げを担当し、被告会社はDの右出資金に対し月二分の割合による利息を支払い、右出資金を担保するため左入町物件をD名義にしておくとの合意がなされており、その旨の協定書も作成されていたが、昭和六三年になって右共同事業が失敗したことから同年二月精算手続に入ったなどと弁護人の主張に沿った弁解をし始め、E、Dも当審公判廷において被告人の弁解に沿った供述をしている。

たしかに、関係証拠によれば、左入町物件の取引に関しては、C1が被告会社に対し、次いで被告人が直接あるいはEを介してDに対し、それぞれ右取引の話を持ち掛けた際、周辺土地の地上げが可能であり、それが成功すれば左入町物件の地価も上がり、これを一括処分すれば左入町物件も一坪当たりの単価が一五〇万円程度で売却できるような説明がなされ、被告人やDもこれを信じて取引に参加することになったことが認められる。

しかしながら、左入町物件に関する前記のような具体的取引形態や金銭の流れはJESをダミーに介在させた被告会社とDとの売買を前提とした処理形態が執られており、そこには被告会社、羽田産業、Dの三者による共同事業を推測させる事情は全く窺うことができず、被告人のいう共同事業に関する協定書についても、その写のみが存在(弁護人から、Dを甲、被告会社を乙、羽田産業の代表取締役Eを丙とする昭和六一年八月二〇日付協定書の写が証拠申請され、検察官が同意しなかったため撤回され、被告人の当審公判供述(第七回公判)の調書末尾に添付のもの。)するものの、その原本なるものが存在するのかどうか疑問であり(弁護人は、国税当局がDから協定書を押収してしまった旨主張するが、これを認むべき事情は存在しない。)、その協定書の内容も、左入町物件購入の資金をDが出し、被告会社と羽田産業が隣地買収にあたること以上に事業内容が定められておらず、しかも、その事業主体の一員であるDの出資金に対し、同じ一員である被告会社が月二分の利息を支払うなどということ自体、共同事業というにはいかにも不自然、不合理な内容であり、仮に、右のような協定書が作成されたとしても、D自身、協定書の右内容について合理的な説明をなしえていない本件にあっては、右協定書は、被告人らがDに隣接地の買収、高額処分により得た利益の四割をDに配分するということで、Dの購入意欲を煽り、その決意をさせるための勧誘の一環に過ぎないものと見るのが相当である。また、被告人は、C1から左入町物件の周辺土地で、しかも国道に隣接する左入町一七〇番一外三筆の土地の地上げ話を持ち込まれていたのであるから、共同事業者としては、その事業の一環として右土地を取得しておくのが自然であると思われるのに、転売利益が少ないとして被告会社は売買当事者とはならず、単なる仲介人としてその取引に関与し、これをDに取得させ、被告会社が仲介手数料を取得しているというのも不可解と言わざるを得ない。加えて、被告人らは、共同事業が失敗したことから昭和六三年二月に精算手続に入ったなどと言うが、被告人やDらは、同年二月二九日付で合意書(但し、左入町物件の売買契約書で売主と表記されているのに対応して合意書中でも売主としてJESの記名、押印がある。)を作成し、実際には被告会社がDに対する左入町物件の売買価格の三〇%に相当する一億五〇〇〇万円を売買代金から減額してそれを買主Dに支払う旨約束しており、このような措置は、被告人らの言う地上げによる地価高騰が実現しないのは約束違反だとのDからのクレームに対する被告会社の対応策としてならともかく、共同事業の精算方式として売買代金を値引きするなどというのは不自然である。

被告人は、当審公判廷において、Dが同人を原告として、被告人及び被告会社を被告として東京地方裁判所八王子支部に提起された分配金請求事件の訴状で左入町物件の取引が被告会社、羽由産業、Dの三者による周辺土地の地上げ、転売事業の一環であり、五億〇一六〇万円もDによる事業への出資金であることを前提に、その事業を精算すべく三者により合意されたところであるなどと供述し、Dも当審公判廷で右被告人の弁解に沿う供述をしている。

しかしながら、右訴状の請求原因として記載されている被告会社ら三者による事業の精算方式(Dが出資した金額と同額の五億〇一六〇万円を土地売却約定代金として設定し、これから仕入価格や仲介手数料、右五億〇一六〇万円に対する利息を差し引いた残りを事業利益とし、これをDが四〇%、被告会社と羽田産業が各三〇%の割合で分配し、右利息分は被告会社がDに支払うなどというもの。)には、共同事業によって何ら利益が上がった形跡もないのに、計算上利益が出るよう無理に土地売却約定代金を設定したり、前記のように共同事業主体の一人が他の一人である資金提供者に利息を支払ったり、具体的にどのような事業活動をしたのか判然しない被告会社や羽田産業になぜ三〇%もの分配金が配分されるのかなど、共同事業の精算というにしては不可解な点が多々あり、はたして右のような合意がなされたのかどうか疑問であり、仮に、右のような合意がなされたとしても、そのことをもって左入町物件の取引が被告会社ら三者の共同事業であったことの証左であるとは認めがたい。

このように、所論に沿った被告人やE、C1、Dの当審公判廷における供述には、不自然、不合理な点が多く、そのまま信用することができない。

4  以上によれば、原判決が、本件左入町物件は、被告会社がC1から買い受け、これをDに売却し、その売上を除外し、売買益を秘匿したものと認定したのは当裁判所もこれを相当として是認することができ、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、他に原判決の事実認定を左右すべき事情は認められない。論旨は、理由がない。

二  職権による判断

量刑不当の論旨に先立ち、職権をもって原判決の事実認定の当否を検討するに、原判決は、判示第一の事実に関し、「被告会社の昭和六一年九月期の法人税確定申告書における所得金額及び課税土地譲渡利益金額から法人税法に従って算出される法人税額は、正しくは一二〇九万八五〇〇円であって、同申告書における法人税額一一六二万七二〇〇円というのは誤ったものといわねばならないが、ほ脱税額の認定については、右昭和六一年九月期の正規の法人税額と右申告税額との差額と解すべきであるので、検察官の予備的訴因を認定した。」旨の補足説明を付した上、正規の法人税額と申告書記載の申告税額との差額五二四七万七四〇〇円を逋脱税額と認定している。

思うに、法人税法一五九条一項にいう「偽りその他不正の行為」とは、「逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行うこと」をいうものと解すべきところ(昭和三七年法律第四八号による改正前の旧物品税法一八条一項二号に関する最高裁昭和四二年一一月八日大法廷判決・刑集二一巻九号一一九七頁参照)、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の確定申告書を税務署長に提出する行為は、そのこと自体が右「偽りその他不正の行為」に当たるものというべきである(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法六九条一項に関する最高裁昭和四八年三月二〇日第三小法廷判決・刑集二七巻二号一三八頁参照)。

ところで、確定申告書にことさらに虚偽過少の所得金額を記載すること自体が「偽りその他不正の行為」に当たると解される所以は、申告納税制度の下においては、税務当局において納税義務者の課税所得を把握するには、第一次的には納税義務者の提出する確定申告書に記載された申告所得金額(その算出の基盤となる個々の益金、損金の額を含む。また、税額控除の適用がある場合における控除理由の存在及びその額についても、所得金額に準じて考えるべきである。)によらざるを得ず、その記載に虚偽過少の疑いがあるとしてこれと異なる金額を認定するためには、法令に基づく調査、査察を経て、実際所得金額を捕捉しなければならず、そのこと自体、正しい税額の確定、徴収を不能もしくは著しく困難ならしめる契機となるからである。

これに対し、確定申告書に記載する税額は、税法の規定に従い、申告所得金額から客観的に算出することが可能であって、たとえ納税義務者において申告所得金額から算出される税額より過少な税額を記載したとしても、税務当局においてその誤りを発見し、是正することは極めて容易であり、そのことによって正しい税額の確定、徴収が不能又は著しく困難になるものとは考えられない。このような税額の記載の誤りは、多くの場合、逋脱の故意に基づかない単なる計算違いに過ぎないと考えられるが、たとえそれが逋脱の故意によることさらな虚偽過少記載であったとしても、法人税法一五九条一項にいう「偽りその他不正の行為」の定型性を有しないものというべきである。

以上のとおり、納税義務者が、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の法人税確定申告書を税務署長に提出しそのまま納期限を徒過させた場合において確定申告書に右申告所得金額に基づき算出される税額より過少な申告税額を記載したときは、法人税法一五九条一項にいう「偽りその他不正の行為」に該当するのは虚偽過少の所得金額を申告した点であって、実際所得金額から算出される正規の法人税額と申告所得金額から算出される税額との差額について逋脱犯が成立するが、申告所得金額から算出される税額より過少な申告税額を記載した点は「偽りその他不正の行為」に当たるものとはいえず、その間の差額については逋脱犯は成立しないものと解するのが相当である。

したがって、これと異なり、正規の法人税額と申告税額との差額全部につき逋脱犯の成立を認めた原判決は、法人税法一五九条一項の解釈を誤り、ひいて事実を誤認したものであって、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。そして、原判示第一の罪と同第二の罪とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあるから、結局原判決はその全部について破棄を免れない。

三  よって、量刑不当の論旨に対する判断をするまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示第一の事実に関し、これを「昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九七四四万一二一九円、課税土地譲渡利益金額が一億二六九六万円(原判決書添付別紙1の修正損益計算書参照)であったのにかかわらず、昭和六一年一二月一日、東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号所轄武蔵野税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二八四一万九二七円、課税土地譲渡利益金額が一六一八万二〇〇〇円であり、これに対する法人税額が一一六二万七二〇〇円(但し、申告所得額に基づき所定の方式で算出した法人税額は一二〇九万八五〇〇円)である旨の虚偽の法人税確定申告書(当庁平成四年押第四〇九号の1)を提出し、もって、不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額六四一〇万四六〇〇円と右申告所得額に基づき算出した税額との差額五二〇〇万六一〇〇円(別紙逋脱税額計算書参照)を免れた。」と変更するほかは、原判示の冒頭事実及び同第二の事実と同一であるから、これらを引用する。

(証拠の標目)

被告人の当公判廷における供述、証人C1、同E、同Dの当公判廷における各供述を付加する他は、原判決と同一であるから、これらを引用する。

(法令の適用)

1  被告会社について

(1) 罰条

判示第一、第二の事実について法人税法一六四条、一五九条一項、二項(被告会社の免れた法人税額がいずれも五〇〇万円を超えるので、情状により、罰金は、五〇〇万円を超えその免れた前記各法人税の額に相当する金額以下で処断する。)

(2) 併合罪の処理 刑法四五条前段、四八条二項(所定の罰金の合算額の範囲内で処断する。)

(3) 当審における訴訟費用 刑訴法一八一条一項本文、一八二条(被告人と連帯して負担させる。)

2  被告人について

(1) 罰条

判示第一、第二の事実について 法人税法一五九条一項(いずれも懲役刑を選択する。)

(2) 併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で処断する。)

(3) 当審における訴訟費用 刑訴法一八一条一項本文、一八二条(被告会社と連帯して負担させる。)

(量刑の理由)

本件は、不動産の売買及び仲介等を目的とする被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括している被告人が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、不動産売買を行うに当たり第三者名義で取引するなどの方法により所得を秘匿した上、所轄税務署長に対し虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、被告会社の昭和六一年九月期の法人税五二〇〇万六一〇〇円及び翌六二年九月期における法人税四億四一九〇万九五〇〇円をそれぞれ免れさせたという事案である。

被告人が免れた法人税の額が右のとおり二事業年度分合計四億九三九一万五六〇〇円と多額で、逋脱率も昭和六一年九月期が八一パーセント余り、翌期が九二パーセント余りと高率である。

被告人が本件各犯行に及んだ動機も、折からの土地ブームで高騰した土地を取得・転売して多額の利益を得たが、その相当部分は、土地の譲渡益に課せられるいわゆる土地重課税として国に納めなければならないことから、これを免れようとしたもので、私利、私欲に基づく犯行(なお、被告人は、原審公判廷において、本件について、被告人が営業部長のHに脱税を指示したことはなく、経理に詳しいHが被告会社の本件各不動産取引について法律に違反する心配はない旨述べていたのでそれを信じていたとか、不動産取引によって得た利益については、Hら被告会社の従業員の住宅取得の資金に充てようと考えていたなどと供述するが、被告会社の所得秘匿の手段・方法等について被告人自ら采配をふるっていたことや、不動産取引によって得た利益の殆どを現金や被告会社の仮名口座に隠匿、保管するなどしていたことは関係証拠上明らかである。)で、その犯行動機に格別酌むべきところはない。また、その所得秘匿の方法も、被告会社の不動産取引に関し、赤字会社や事実上倒産した会社等をいわゆるダミー(形式上の当事者)として介在させ、被告会社が形式上契約当事者から外れ背後に隠れ、土地ブームに便乗して取得価格を大幅に超える価格で転売した土地の売上の殆どを除外するなどというもので、大胆かつ巧妙である。

これらの事情に照らすと、その犯情は悪質で、被告会社及び被告人の刑事責任は非常に重い。

一方、被告人は、当審段階に至って、被告会社の昭和六二年九月期の所得に関しその一部を否認して争ってはいるものの、捜査段階及び原審公判廷において、事実の全てを認めて捜査に協力し、本件逋脱にかかる各法人税につき修正申告し、昭和六一年九月期分については、法人税本税、重加算税等合計八〇八六万一一〇〇円(本税分六二八〇万六一〇〇円、重加算税分一三九一万七九〇〇円、延滞税分三七八万二二〇〇円、利子税分三五万四九〇〇円)を納付し、昭和六二年九月分については、同合計六億二二四〇万一一〇〇円(本税分四億三〇五二万七七〇〇円、重加算税分一億三六三二万八五〇〇円、過少申告加算税分三一万五〇〇〇円、延滞税分五二二七万四一〇〇円、利子税二九五万五八〇〇円)を納付したこと、本件の重大性を認識、反省し、被告会社の経理体制を一新・整備充実させて二度と脱税事犯など起こさないようにしたこと、被告人が本件犯行に及んだ背景には不動産業界の悪弊が存することも否定できないこと、いわゆるバブル崩壊の影響もあって業績の悪化した被告会社の再建に努力していること、被告人の家庭の事情など、所論が量刑不当の主張として指摘する被告人らのために有利な、又は、同情すべき事情も認められる。

以上のような諸事情を総合すると、被告会社を罰金一億円に、被告人を懲役一年四月に処するのが相当であると判断した。

(裁判長裁判官半谷恭一 裁判官中野久利 裁判官林正彦)

別紙

逋脱税額計算書

自 昭和60年10月1日

至 昭和61年9月30日(単位:円)

番号

区分

実際額①

申告所得に基づき

計算した金額②

確定申告

書記載額③

ほ税額

(①-②)

1

所得金額

97,441,219

28,410,927

28,410,927

69,030,292

2

軽減税率適用所得金額

5,000,000

5,000,000

5,000,000

3

2のうち年800万円相当額以下の金額

410,000

1,407,000

8,000,000

4

2のうち年800万円相当額を超える金額

4,590,000

3,593,000

5

その他の所得金額(1-2)

92,441,000

23,410,000

23,410,000

190,263,906

6

5のうち年800万円相当額以下の金額

7,590,000

6,593,000

8,000,000

7

5のうち年800万円相当額を超える金額

84,851,000

16,817,000

15,410,000

8

3に対する税額

102,500

351,750

1,250,000

9

4に対する税額

1,528,470

1,198,469

10

6に対する税額

2,352,900

2,043,830

2,480,000

11

7に対する税額

36,740,483

7,281,761

6,672,530

12

法人税額小計(8+9+10+11)

40,724,353

10,873,810

10,402,530

13

課税土地譲渡利益金額

126,960,000

16,182,000

16,182,000

110,778,000

14

土地譲渡税額

25,392,000

3,236,400

3,236,400

15

法人税額合計(12+14)

66,116,353

14,110,210

13,638,930

16

控除所得税額

2,011,700

2,011,700

2,011,700

17

差引法人税額

64,104,600

12,098,500

11,627,200

52,006,100

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